馬場 売れてる作品というのは、商品としては非常に価値が高いわけですが、映画的な価値、批評的な価値というか、それが必ずしも一致するわけではない。
松井 そうですね。ごく単純に、そうです。それって当然なはずなんですが、なんだか今はどんどん「売れてるからいい映画なんだ」みたいな空気が強くなってきていませんかね。困りますよね。でもただ、これだけ情報が手に入りやすくなって、ぼーっとしてても情報が入ってくる状況だと、そうなるのも納得してしまうというか。年がら年中スマホばっかり見てたら、そうなっちゃいますよね、きっと。これだけ情報として目に入ってくる作品なんだから、良い作品なんだ、という直結が強くなってる。
馬場 すごくわかりやすい物差しが持ち出されているわけですよね。価値は金額に換算できるという。資本主義を徹底すれば、あらゆるものに値段が付けられていくということになるわけです。そうすると、比較ができる。わかりやすく数値化されるので。それに、複雑なことを考えなくて済むわけです。色んな事情とか、考えなくて済む。自分が考えなくても、どこかの誰かが考えてくれているとか、あるいは、みんなそれで納得しているという拠り所が得られるので、「売れてるものが良い」とか「値段が高いから良い」とか「金を払ってるんだから偉い」とか、そういう話になってくるわけですけど。最近、別の授業の中で『風姿花伝』を取り上げようと思って、読み返していたんです。その中にあったんですが、上手な役者が目利きの客から評価されるのは、両者が釣り合っているから良いとして、無教養な田舎者……昔の話なので随分な言い方になっていますが、そういう目利きでない客に、芸がウケないというのをどう考えるか、という話が出てくるんです。これ、学生のみなさんも、ちょっと考えてみてください。まあ、場合によるとか、どっちが正しいとか間違っているとか言えないなと思うかもしれません。しかし、これに対して風姿花伝はずばり断言しています。この場合「ウケる方が正しい」つまり、客に合わせろ、それが出来るのが名人だと。こういうことを言うのも、風姿花伝の前提としていること、意図するところが、一座をどうやって維持するか、この芸をどうやって途絶えさせないかに重きをおいているからです。なるほど、昔のひとは良いことを言うなあと感心していたんです。
松井 ははははは。
馬場 この話、良い作品を作って、ミニシアターで公開してというところに重ねてみることは出来ないだろうかと思ったりしたんですけど。
松井 僕が関わっているような映画は、基本的にはシネコンよりもミニシアターでかかる割合の方が断然大きい。それで別に、10億とか50億とかの儲けを出す必要はないわけです。だって制作費がそんなにかかっているわけじゃないし、売り上げとしてはもっともっと小さな目標値です。結局、どれだけのお客さんに届けたいか、どれぐらいの売り上げを出したいか、その目標値の設定の仕方ですよね。小さな規模と括られる映画だって、製作予算にはピンキリあります。1千万でつくる映画なのか、6千万でつくる映画なのか、500万でつくる映画なのか。そのなかで、たとえば6千万のお金を集められる可能性があるとしても、「いや、自分たちのつくりたいものは3千万でできるし、それなら回収できる可能性も十分ある」という考えで、あえて3千万でつくるということだって、これはすごく大事な考え方だと思います。また予算というのは内容面にも直結してきますよね。たとえば1千万しかない予算のなかで、あれもやりたいこれもやりたいってことで、本当なら2千万必要なはずのことを1千万で無理やりやろうとして、結局しょぼいものになってしまう、ということも多々ある。
馬場 お金というか儲けが必要なのは、持続可能性を担保するためですよね。要は次回作が作れるようになってないといけないってことですよね。次回作の制作費をそれで全て賄うわけではなく、また資金を集めることになると思いますが。儲けを考えるというより、どうやってこの活動を続けていくか、そのためですよね。
松井 僕は、先ほど名前の出た三宅唱という監督とずっと一緒にやってきたんですが、その意味でいうと、彼の名前が広がれば当然お金も集まりやすくなるし、次の映画も作りやすくなって、持続可能性も増していく。
馬場 名前が広がるという点では、SNSの活用というのは有利に働くのではないですか?
松井 働くと思います。映画の宣伝だって、ある時期からSNSを使うのが当然になりましたよね。でも宣伝の方々は、SNSを運用するのは本当に大変だと思いますよ。あれはキツい。
馬場 ははははは。
松井 やる方は大変ですよ。だってそれまでなかった仕事が増えるわけだし、昼も夜も関係なくなったりするし。大手の宣伝会社ならひとを増やせばいいっていう話でしょうけど、そうじゃないところは、ただ単にやることが増えていくだけ。あと監督さんなんかも、多くのひとがtwitterやらをやってますよね。でもきっとエゴサーチで一喜一憂してしんどいと思いますよ……。
馬場 ははは。
松井 そりゃあ公開された作品にイヤなこと書かれてたら、すごい落ち込みますよ。死にたくなるでしょう、人間ですから……。僕個人としては、映画監督さんにはtwitterとかはやってほしくないですよね。だって精神衛生上、本当によろしくないので。自分のアカウントで、公開した作品を宣伝して、数百人のお客さんが増えるとしても、それよりもtwitterからは距離を置いて、精神衛生を保ってもらう方が大事だと思います。
馬場 代理人、エージェントを立てちゃうというのは?
松井 ああ、そういうお金があれば、いいですけどねえ。
馬場 BOTを使うとか。
松井 僕はSNS全般からすごく距離が遠い人間なんですが、でももちろん、見ることは見ます。そうすると、やっぱり上手なひとと下手なひとの差はすごくある。なんかもう、40過ぎのひとたちが運用するよりも、みなさんみたいな世代の方たちが運用した方が、映画宣伝としても上手にできる、ということはあるんじゃないですかね。
馬場 なるほど。
松井 言葉の語尾とか、ちょっとした写真の感じとか、そういった細かいディテールで、すごく印象が変わりますよね。そいうのは二十歳前後のひとたちの方が自然と上手に、できちゃうと思います。
馬場 時々、燃えてますけど。
松井 そうね。燃えるのは……ははは。
馬場 燃えてしまうと、ちょっと……まあ、良い燃え方をしてくれるといいですけど。話題になって、露出が上がって、集客が増えるということがあれば。
松井 燃えちゃうと本当に面倒ですよね。
馬場 上映中止運動とかも時々、まあ、政治的なネタの映画なんかだとありますよね。
松井 ときどき冗談で話してますよ、「映画の公開まであと2週間か……じゃあ、そろそろ監督、犯罪して捕まって新聞の一面を飾ろう」とか。
馬場 ははは。
松井 そしたらすごい宣伝になるし。
馬場 いやあ。おそろしい。
松井 いま新聞って言いましたけど、映画の宣伝にとって紙の新聞っていまだに大きな力を持っています。ある世代以上、いわゆるシニアの方々にとって情報ソースって、やっぱり新聞が大きいんですよね。で、映画館に行く人々のなかで、シニア層というのはものすごく大きい。
馬場 割引もありますよね。
松井 シニア割引ですね。そのひとたちに届けるためには、とにかく新聞。大手の新聞では週に一回、映画の特集ページがあります。そこで自分たちの作品について書いてもらえるかどうか。とくに僕たちのような小さな映画にとって、うまく興行をするためには、その枠を取ることはものすごく重要です。
馬場 そこの執筆は本職の映画批評のひとが書くんですか?
松井 そうですね、ライター、評論家、批評家などと呼ばれる人々ですよね。
馬場 松井さんも批評的な活動されていませんでしたっけ。
松井 はい。学生時代から映画の勉強をしながら、ゼミ生たちで映画の雑誌を作って、そこに自分たちの文章を書いたり、インタヴュー記事を載せたり。そういった、評論とか批評という側のことをしていました。「NOBODY」という自費出版の小さな雑誌で。僕はもう関わっていませんが、今も存在している雑誌です。ウェブサイトもあるので、興味があればのぞいてみてください。
馬場 批評の力というか、この批評家が褒めたからといって作品にひとが来るということはありますか?
松井 あります。時代時代によってひとは変わっていると思いますが、例えばかつてであれば、蓮實重彦さん。彼が褒めるとお客さんの動員数が変わりました。それから、みなさん知ってるかもというところでは、ライムスターの宇多丸さんのラジオ番組ですかね。これもすごく動員に結びつくと聞きます。あと、こないだ映画館で働く友人から聞いたのは、町山智浩さん。この方が褒めると、これまた動員が明らかに変わるそうですよ。まあ僕の関わった映画は宇多丸さんにも町山智浩さんにも取り上げられたことはありませんが。
馬場 ははは。そういうのは金を積んでなんとかというわけではなく。
松井 さすがに金の世界ではないです。いや、もしかしたら菓子折りとか持って挨拶に行くと変わるのかな……、いや、そんなことはないはずです。テレビのCM枠やら雑誌の広告枠やら、新聞の広告枠やら、あるいはカルチャー情報系のウェブサイトの目立つバナー枠だったりとか、そういうのは当然お金ですよね。もちろん僕らはお金がないので、テレビのCMなんて絶対ありえないですし、大きな雑誌の枠だって、到底無理です。
馬場 映画の総製作費の結構な割合が、現場での制作費ではなくて、広告宣伝費になりますよね。
松井 そうですね。基本的には現場での制作費の方が多いですけど。
馬場 松井さんの場合は、どのくらいですか。差し支えない範囲で。
松井 すごい少ないです。たとえば三宅唱監督の『きみの鳥はうたえる』では、配給会社を含めた宣伝チームで最初に会って話したとき、「さあ、この少ないお金でどうしましょうかねえ、あははは」と、みんなで笑っていましたから。
馬場 ははは。
松井 その少ないお金のなかで、配給宣伝のチームが「ここだけにはお金をかけたい」とか、厳選してくれました。あとは、なんとかお金のかからないやり方を工夫するしかなかった。
馬場 製作された作品で、これは宣伝にお金をかけた方が良いとか、これはお金をかけなくても工夫してやれそうだとか、それは主体的に決めるものですか? それとも、これしかないからなんとかするんだっていうものですか?
松井 ケース・バイ・ケースだと思います。ただ僕らのような規模の映画だと、最初に制作費はこれぐらい、宣伝費はこれぐらいと決めても、どうしても「やっぱりもう少し制作費に使おう」と、宣伝費が削られるパターンが多い気がします。まずは自分たちの納得いくモノを作りたい、という欲が勝ってしまう。果たしてそれが良いことなのかどうか、難しいところですよね。でも東宝さんとかの、すごい大きな作品なんかの宣伝費って、僕らからすると「え〜!」って金額らしいです。そんだけあったら、僕らだったら映画3本作れるわー、ぐらいな。
馬場 そのお金で3本作るってのもすごいですね。
松井 そのあたりの規模になると、ハッキリ言って僕もよくわかりません……。ただ、僕らの小さな規模でも、僕なんかは初めての映画公開のとき、「宣伝なんてそんなにお金かからないでしょ? テレビCMやるわけじゃないし、何にお金かかるの?」と、思っていました。が、これがやっぱり、いたるところでお金はかかるんですよ。例えば映画の宣伝って、俳優さんを取り上げてもらうのが一番目立ってわかりやすいですけど、じゃあ雑誌やウェブ媒体で俳優さんの取材をしてもらうとき、当然写真も撮るわけで、そうするとほぼ必然的にメイクやスタイリングのお金もかかる。取材のために場所を借りるなら、その費用だってもちろんあります。
馬場 撮影してるのと変わらなくなってきますね。
松井 そこの費用をなんとか交渉したり、関係性でもって、安くしてもらったり、あるいは男性の俳優さんであれば、メイクなしでお願いできますかと相談させてもらったり……。もちろんそういう相談ができる関係性を事前に俳優事務所と作っておく必要があるでしょうが、とにかくそうやってせこいやり方で、チリも積もればの理論で、少しずつ出費を抑えていく。あるいは、宣伝用の劇中写真で何かしら修正が必要になるときに、デザイナーに頼むのではなくて自分でやったりとか。とにかく自分でできることは自分でやります。
馬場 劇場を決めるのは制作した後ですか? それとも前に、ここでやろうと考えてます?
松井 これもケース・バイ・ケースです。ただ、いずれにしても、まずは東京のどの映画館でかけるかが最初に決まります。僕らの規模の映画でいうと、映画が完成してから、映画館の方に見てもらって、それで判断してもらう、ということも普通です。長編第一作目の、ほとんど知られていないような監督の作品だったら、やっぱり作品を見せて判断してもらうしかない。逆に、最初から製作委員会に映画館というか、映画館の親会社が入っていて、最初からそこでの上映が決まっていることだって、もちろんありますよね。
馬場 まず東京の映画館で封切られて、興行成績にもよりますが、何週間かで上映終了になりますよね。その後はどういう風にすすめていくんですか?
松井 シネコンでやるような映画であれば、全国同時に公開が普通かと思いますが、僕らのような映画は、ほぼ順々に全国をまわっていきます。基本的には東京と京阪神を軸として、それから各都市ですかね。ミニシアターを中心に全国の映画館をまわるのに、半年以上はかかりますかね。
馬場 それは全部つきあって現地に行くんですか?
松井 行ける場合もあるし、行けない場合もある。これもお金の問題が関わりますよね。例えばどこかの都市のミニシアターで、初日に監督に来場してほしいという依頼がくる。その場合、監督の交通費や宿泊費はチケット売り上げ代からまかなう、というやり方をする。なぜそこまでして監督に来てほしいかというと、東京以外の都市のミニシアターでは、「上映に監督が来る、ゲストが来る」となると、客入りが確実に変わるんです。もし、名のある俳優さんが来るとなれば、それこそものすごくお客さんが増える。まあもちろんその分、お金はかかるので、そのあたりはバランスを見ながら映画館さんと相談ですよね。
あと面白いのは、たとえば京都なら、僕も三宅監督も繋がりの深い映画館があって、映画館スタッフにも仲の良い友人がいる。それで映画公開のときには、彼がいろいろイベントを仕込んでくれたりするんです。映画館でのイベントだけでなくて、クラブやライブハウスで音楽と絡めたイベントとか、本屋でトークとか。そういった地元の人脈を活用しながら映画の宣伝をしてくれる。で、それらのイベントの売り上げの一部が、監督や僕などの新幹線代や宿泊代に変わるわけです。
馬場 ははははは。
松井 決して莫大な黒字が出るわけじゃないけど、でも面白いんです。そういうことをやってもらえると、映画館以外の場所での繋がりもできるし、お客さんの顔もより見えやすくなる。それに、そうやって街のいろんな場所に映画が出て行くことで、将来的なお客さんを育てる可能性も生まれてくる。何も「映画好き」だけがお客さんではないわけです。とにかく、そんなふうに日本のいろいろな街で、映画館や地元の方々と接することができるのは、単純にとても楽しいです。そもそも半分旅行ですしね。時間があれば映画館のひとに街を案内してもらえたり、ちょっと遠くに連れてってもらえたり、美味しいものを教えてもらえたり。僕はもともとそれほど旅をする人間ではなかったので、すごく良い機会になりましたよね。
馬場 映画作品以外の売り物というと、『THE COCKPIT』のときでしたか、缶バッジをお作りでしたね。
松井 作りましたねえ。あとはTシャツとか、ステッカーとか。パンフレットも含めた、いわゆる映画関連グッズですよね。正直、作るのは面倒だなあと思うこともありますが、でも基本的には楽しいですよね、自分たちが。Tシャツとか、やっぱりテンション上がりますし、街なかで着ているひとなんか見かけた日には、嬉しくてしょうがないです。それに、グッズの売り上げって馬鹿にできないんです。パンフレットはもちろんですが、Tシャツなんかも、うまくいけば大事な収入源です。もちろん、うまくいかないときもあります。ちょっと調子に乗って作りすぎて、在庫が余って困ってしまったり……。やっぱり、どのサイズを何枚作るかというのは気を使います。作品のテイストによって、今回はXLを多めにしようと戦略を立てたり。最初は少なく作っておいて売り切れにして、欲しい欲しいという熱が高まってきたらもう1回出すとか。なんか、いやらしい商売話ですみません……。
馬場 そこは純粋な商売ですよね。映画作品自体の、クリエイティビティ最優先みたいなのではなくて。
松井 そうですね。楽しく、かつチビチビ儲けていければ、いいんです。
馬場 そうやって全国公開が終了したあとは、次はソフト化ですか?
松井 順番でいうと、次はソフト化です。その後にBSとかCSの有料放送のTV。それからネットでの配信系。それが基本的な流れなのかなと。それにプラス、可能であれば海外での展開です。海外のいろんな国際映画祭だったり、海外での日本映画の特集上映会だったり、もしくは海外での普通の公開だったり。学生のみなさんはあまり想像ができないかもしれませんが、映画祭で上映する際に上映料が入ってくることもあるんです。そういったお金を積み重ねていくのだって馬鹿にできません。もちろんいちばんいいのは、大きな映画祭に出品できて、そこで賞を獲るなりして話題になって、フランスならフランス、ドイツならドイツの配給会社に作品が売れて、きちんとその国で公開されることです。
馬場 映画祭というのは作品を集めてお祭り騒ぎをしているっていうことだけじゃなくて、そこで商談もしているわけですよね。
松井 大きな国際映画祭にはマーケットもあって、そこは世界各国の会社やらがブースを出して、バイヤーやらが集まる。それからマーケットじゃなくても、例えばコンペで上映されて、賞を獲るなりして話題になれば、必然的に海外の公開への道が開けやすくなります。小さな規模の映画にとっては、映画祭は重要です。海外で公開して商売をすることもそうですし、映画祭で話題になったということが、日本での公開のときの小さくない宣伝要素にもなる。あと、監督にとっては、自分の名前が海外に広まっていくことで、例えばどこかの国の会社との国際共同製作の可能性も、視野に入るようになりますよね。実際そうやってフランスの会社との国際共同製作で映画を作ったりしている30〜40代の監督たちもいます。濱口竜介監督とか、深田晃司監督とか、あとは空族といったひとたち。たぶん彼らのおかげで、フランスとかでも、おお、なんか日本映画って若手の面白い監督たちが出てきてる、という印象が少しずつ増えてきてると思います。彼らの開いた道を、さらに若い世代が通って、さらにその道を広げていけるといいですよね。
実際、どこの国での公開がいちばん現実的かというと、北米はなかなかハードルが高かったりするので、やっぱりヨーロッパ、とくにフランスなんですよね。芸術的な野心がある映画にとって大事な映画祭は、どうしてもヨーロッパに集中しているし、その中でもフランスは映画に対して、というか芸術全般に対して、いちばん開かれているし、映画産業的にもヨーロッパのなかでは一番大きいですしね。カンヌ国際映画祭で上映されて、そしてフランスで公開、という流れは、別に日本だけじゃなくていろんな国の映画が目指しているところだと思います。あとはアジア、とくに韓国ですかね。日本の小さな規模の映画も結構丁寧に拾ってくれて、公開してくれる会社がちゃんとある印象かなと。
まあでも、なんというか……、別に映画祭というものを否定するわけじゃないですが、個人的には映画祭というものは苦手なんですよねえ。必要で大事なものだとわかりつつ、どこか信用できないところもあって……。やっぱりどうしても、海外の国際映画祭に「ウケやすいタイプの日本映画」って、なんとなくあるんですよね。お話の内容やらスタイルやらで、なんとなくの傾向がある。映画祭に行きたいから、そういうタイプの映画を作ったり、ウケそうな要素を入れたり、っていうことは、普通におこなわれてる。別にいいんですけど、でもちょっと考えてしまいますよね。あとは、ほら、映画祭に行くとエラそうにしてるジャーナリストとか、怪しいひとたちとか、いるわけですよ。「あなたの映画は私に任せない、世界中に広めてあげるわ」とか言って、お金だけ取って大したこともしないひととか。恐ろしい世界です。
馬場 来年(2021年)、フランスに行かれるんですよね。
松井 そうなんです。
馬場 私費ではなく、文化庁の助成で。
松井 はい。文化庁の新進芸術家海外研修制度というのがありまして、映画やら音楽やらダンスやら絵画やら、とにかく芸術に関わる人々に1年とか2年お金を出して海外で研修させてあげますよ、という制度でして。僕も運がいいことに、それに受かったんです。いちおう映画プロデューサーという肩書きで、書類審査があって、面接もやって。とりあえず1年間パリで研修してまいります。
馬場 むこうへ行かれての、差し支えない範囲で、どういう計画なんですか?
松井 パリで映画の製作会社を持って、プロデューサーとしてやっている知り合いがいて、そこで研修させてもらいます。将来的にフランスと日本との国際共同製作の映画を手がけたいという目標になってます。フランスって、国とか地方公共団体による映画の製作支援がものすごく充実してるんですね。おそらく行政レベルの支援としては世界一ぐらいじゃないですかね。向こうでは、製作費の助成金が取れなければそもそも映画なんて作らない、という感じで、日本とはずいぶん感覚が違います。日本でももちろん映画製作の助成金ってありますけど、助成の対象の数とかなんやら、全然規模が違いますよね。で、向こうには当然、国際共同製作の映画に対する助成金枠もあって。いや、日本にもあるんですよ。たしか10年ぐらい前にできたんです。そのおかげで、海外作品の日本での撮影とか、この10年でたしかに増えた気がします。まあとにかく、フランスのそういった助成金制度や、あるいは製作システムの違いやらを研修しながら学んで、それで今後の自分の活動に活かしていく、ということになりますかね。
馬場 受け入れ先というのは、大学の頃の繋がりですか?
松井 いや、2年前ぐらいに一緒に仕事をしたひとです。あるフランス映画なんですけど、日本も含めた5カ国の国際共同製作で、メインのスタッフはほとんどフランス人、キャストはほとんど日本人、そして撮影場所がほぼすべてカンボジア、という。
馬場 複雑ですね。
松井 なんだか笑えますよね。しかも時代も現代ではなくて、70年ぐらい前の時代で。そんな映画に、僕はプロデューサーとしてというよりも、おもに制作として関わったんです。そのときに一緒に仕事をしたフランス側の会社が、今回の研修先になります。
馬場 奥様はフランスの方ですが、研修の件では何か?
松井 そろそろパリにも暮らしたいね、という感じだったので、本当にタイミングが良かったです。あっちに妻の両親もいるし、いろいろ環境が整っているので、ちょっと羽を伸ばしちゃうかもしれない。
馬場 ははは。
松井 いやいや、ちゃんと研修します。
馬場 どうもありがとうございました。そろそろ質疑応答の時間でしょうか。
西尾 はい。実は授業の冒頭のところで、映画観たってコメントしてくれているひとがいました。
松井 ありがとうございます。
馬場 ご覧になったのは何の作品でしょう?
西尾 『5 windows EBisu』ですね。
松井 とてもありがたいです。瀬田なつき監督の短編『5 windows EBisu』ですね。これは僕が企画したわけではなくて、恵比寿映像祭というところが、瀬田監督に短編を依頼して、そこに僕が製作として入った、という形です。あれは恵比寿映像祭の期間中の10日間ぐらいしか上映しなくて、その後はまったく世に出ていないので、それを見てもらえたっていうのは、すごい偶然ですね。ビックリです。瀬田さんも喜ぶと思います。
学生からの質問 大学卒業して、いきなりフリーになったのでしょうか? それとも、どこかの会社に入って経験を積んでからフリーになったのでしょうか?
松井 僕の場合は大学卒業してすぐではないです。こっちの大学院を終えて、そのままフランスの大学に留学して、帰国したらバイトなどで生計を立てながら、評論を書いたり翻訳をしたりといった仕事をしていました。あるタイミングで、いろんな偶然が重なって、いきなりプロデューサーという役割をするようになりました。会社に入って下積みして経験を積んで、そしてプロデューサーになる、という道筋でもなく、いきなり「僕、プロデューサーです」という感じで。「僕、俳優です」と名乗った瞬間に俳優になるのと同じですね。
馬場 ははは。
松井 ただ、僕みたいなのは例外的なケースだと思います。例外的だからすごいとか偉いというわけではなくて、単純に、あまりないケース。多くの場合、既存の製作会社に入ったり、そこと関わるようになって、いろんな経験を積んで、あるときに自分でも企画を立ち上げられるようになって、という流れですかね。そこで仕事の仕方を学び、人脈も作ってからですよね。その会社で続けていくひともいるし、独立するひともいるでしょうが、いずれにしろその流れが普通かなと思います。
馬場 その意味では、突然はじめて不都合ありませんでした?
松井 不都合、すっごいありました。
馬場 ははははは。
松井 だから最初始めたとき、とにかくいろんなことを経験しようって思って。他のひとに任せるべきものも、自分でやってみたり。いや、やらざるをえなかった、と言う方が正しいかもしれませんが……。でもとにかく自分でやって、いろいろ学んで、少しずつ仕組みを理解していきました。全国の映画館に電話して、作品を見てもらえませんかと交渉したり、マスコミ試写をやったあとに、来てくれた評論家のひとに電話をして感想を聞いたり。「君らはまだ映画をわかってないねえ、ジャン=リュック・ゴダールっていう監督がいるんだけど、知ってるかい?」なんてことを、年配の評論家さんに言われたときは、さすがに殺意を覚えましたが……。今となっては笑い話ですね。
学生 なるほど。ありがとうございます。
馬場 そろそろ時間ですが、最後にひとつ。「これを身に着けておくと良い」「いまのうちに、これ勉強しておくと良い」という学生へのアドバイスはありますか?
松井 語学です。どの国の言語かは、自分のやりたいことに合わせて選べばいいと思いますが。
馬場 まさにフランス語がそうだったわけですね。
松井 僕の場合はそうでした。ハリウッドでやってみたいと思えば当然英語を覚えればいいし、これからはやっぱり中国との映画づくりだなと思えば、中国語をやればいいし、いやいやフランスだとなれば、フランス語。スマホでSNSをやってる時間があれば、語学に回した方がいいと思います。仕事をする際に、その国のひとと直接話せるか、通訳を介して話すかは、やっぱり違いが出てしまいますよね。僕もまだまだ語学がダメだし、英語ももっとちゃんと話せるようになりたいと常々思ってますけど、そういう後悔も含めて、みなさんにはぜひ語学をやってください、と言いたいです。それに外国語って自分の脳みそをスッキリさせるための、いちばんの手段だと思います。日本語の脳みそで考えるよりも、外国語の脳みそで考えた方がシンプルになることって、けっこうあるんです。
馬場 なるほど。本日は面白くてためになる、とても貴重なお話をいただきました。どうもありがとうございました。
特別連載:『映像表現特講』